箱根のふもと暮らし

お刺身が素晴らしくて穏やかな土地の記録でほぼ刺身ログな2018年海の日からの備忘録。(伝える目的で表現されていません&すみません!)

食肉について、今の私が思っていること

思いがけず、ジビエ肉(イノシシ)を頂きました。

元フレンチ料理人の手による丁寧な包丁さばきがあった真鶴産ジビエ。

絶品でした。

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きれいなおにくを下茹でし、流水で洗っているところ。

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イノシシの脚ってこんなにも大きいんだな!在りし時を思い、感謝溢れた瞬間。

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赤ワイン入りフレンチハッシュドビーフの素でぐつぐつ。

食肉メーカーさんの企業努力や今までの恩恵には頭が下がりますし、

ありがたい側面大なることを頭では理解しています。

 

その上で、今の私は、食肉になる"もの"として個体の幸福を予め奪われた命を、

食べて自分の体に入れる(=共に生きる)ことへの抵抗感があります。

これは私のエゴなのだけど、できれば私は自由に生きた命を頂きたい。

 

昔、ブリティッシュ・カウンシルに通っていた時、

担任の先生がベジタリアンでした。

食肉を作る(あえてこう表現しています)ために、

どれだけ大量の土地とエネルギーが必要であって、

野菜に比べ2、3桁違いに多くの二酸化炭素が発生しており、かつ、

命を奪うという残酷な行為が無表情に行われているのか、

を教えてくれた先生に対して、

「でも、野菜も生きてますよね?」

と素朴な質問をして、マジギレされた私(苦笑)

 

英国人の先生が肉を食べない理由は効率主義というか、

リーズナブルじゃないよね、という

理性的な感性が大きかったかと思うのですが、

今の私があまり肉を食べない理由は、

幸せじゃない生き方をしたものを取り込みたくない、

という非常に感情的なものです。

 

肉の美味しさは否定していないし、

安いことの意味も意義も否定してない。

ただ、自分は選びたくないだけ。

 

最近の私が買う肉は、大切に育てられたことがわかるか、

値引き品かモツ(ここでの理由は捨てられちゃうのイヤだから)。

 

頻度は、月に1度買うか、買わないかくらい。

そんな私にとって、

今日いただいたジビエ肉の幸福感は、

たまらなく大きかった。染み渡りました。

とても独り占めできる幸福量ではなく、

2組におすそ分け。

喜んでいただけたことは、

私の幸福を増幅(銀塩増幅的に)してくれました。

 

幸福の波紋を広げられること。

無垢で幸せな表情を見られること。

それは今の私に堪らない幸福です。